宮澤賢治歌集

先日、最近できたショッピングセンターの紀伊国屋書店で宮澤賢治歌集という本にたまたま遭遇した。最近賢治の短歌をいくつか目にすることがあったがこれは全942首を納めたもの。 発行所 :未知谷 定価 : 2200円+税
森 荘已池(もり そういち)という人の校注になるもの。
盛岡中学3年16歳の明治44年からなくなる37歳の昭和8年までのすべての短歌である。
私は「文化センター」とか短歌結社で短歌を勉強しているが、
 (足羽短歌日記 http://jns.ixla.jp/users/kondouh812/ ご覧下さい)
最近の歌にあまり感じられないみずみずしさがあるように思い感動しています。これから賢治の短歌を紹介してゆきたい思う。

画像


画像


  宮澤賢治(みやざわけんじ)
1896(明治29)年、岩手県花巻市生まれ。盛岡高等農林
学校卒。近隣の貧しい小作農民たちの物心両面にわたる
救済を期し、1926(大正15)年教員生活に終止符を打っ
て羅須地人協会を設立、農民芸術の振興に邁進する。志
半ばにして病を得、1933〈昭和8)年早世。享年37歳。
盛岡中学在学中より創作に励むが、22歳で初めての童話
を執筆、以降、創作と農業指導に献身した。この二つの
道は、賢治の短い生涯を貫く重要な柱となる。1924〈大
正13)年、詩集r春と修羅」童話集「注文の多い料理店」
を出版。
没後、森荘己池などの努力により賢治の人柄と芸術への
評価が高まり数多くの童話・詩集が刊行されることとな
る。

     森荘已池(もり そういち)

1907(明治40)年盛岡市出身。本名、佐一(さいち〉。
1921(大正10)年盛岡中学に入学。在学中に創作をはじ
め、校友会誌37・38号に発表。1925(大正14)年盛岡中
学四年の時、宮澤賢治の訪問を受ける。詩人石川善助と
往来。1926(大正15)年東京外国語学校ロシア語科入
学、草野心平、高村光太郎と会う。1928(昭和3)年
岩手日報社入社学芸欄担当、1939(昭和14)年の退社ま
で多くの俊秀を育てる。1933(昭和8)年宮澤賢治没。
以降、賢治作品と賢治に関する文章を多数発表。賢治全
集の編集に携わる。1940〈昭和15〉年小説集「店頭〈み
せさき)」(三藝書房・東京)刊行。収録作「氷柱」が芥
川賞候補となる。1944(昭和19)年「蛾と笹舟」「山畠」
で第18回直木耳受賞。以後、さらに地域に根ぎした無数
のエツセー、詩文を発表、後進の育成に寄与した。1994
〈平成6)年第4回宮沢賢治賞受賞。1999(平成11)年逝
去。彪大な未発表の論稿、文章は日下鋭意整理中。
「浅岸村の鼠」カエルの学枚」「山村食料記録」(未知谷)
等が刊行されている。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック